期待20%、不安80%での雲泥2……(東京都 HHさん)

雲泥2のレビュー(ご感想)

(1)ネットワークプレーヤー(スフォルツァートDST-01)の本体と電源部、アンプ(ソニーTA-DR1a)の下に設置しました。と交換です。

 

Ge3の新製品を試すたびにいつも期待と不安を感じます。
良くないはずがない、という期待と、自分の耳で差が聞き取れるだろうか、という不安です。
永らく欠番だった雲泥復活のニュースを掲示板で見たときにもやはり同じ期待と不安を感じました。
正直に比率を書けば、期待20%、不安80%ぐらいでしょうか。

「インシュレーター」と呼ばれている脚で音が変わるのは不思議な現象ですが、確かに音は変わります。
かつてCDトランスポートやアンプの純正の脚をカーボンファイバー製のものに替えたときにスピーカーから出てくる情報量が非常に増えたのに驚きました。
礎公開版(ぐい呑みの中にコンクリート)を自作して使ってみるとカーボンファイバーに圧勝。
礎製品版はもちろん公開版に圧勝。
礎製品版が支えてくれる精緻でダイナミックな音、圧倒的な情報量を持ちながら熱くほとばしる音に満足していたので、今回の雲泥2がそれを超えるかどうか半信半疑、というか2信8疑でした(笑)。

結果は・・・またもや雲泥2の圧勝でした。
礎から交換してもっとも強く感じたのは空間表現の的確なことです。
録音された空間を立体的なジグソーパズルに喩えるならば、礎以前ではぐちゃぐちゃに混ざっていたジグソーパズルの各ピースが、雲泥2を使うとそれぞれあるべきところにきちんと収まったように聞こえます。
自分とスピーカーの間の空間、スピーカーの後方に展開するステージ上の空間、その両方の見通しが極めて明確になりました。
空間のパースペクティブを認識できるせいか、聴いていて非常に安心感があります。
逆に礎以前では、わけのわからない異次元空間の中に身を置いていたわけで、心が無意識的に緊張してしまうのも無理からぬことです。
これはおそらく楽音としては耳に聞こえないレベルの情報がきちんとスピーカーから出るようになったためではないでしょうか。
岩田誠氏の言葉を借りれば(『見る脳・描く脳―絵画のニューロサイエンス』)、礎には形態視(聴)モジュールによる音楽を奏でる能力が充分にあるのですが、雲泥2にはを形態視(聴)モジュールに加えて空間視(聴)モジュールも有効化できる能力がある、と言えるのではないかと思います。

計16個の雲泥2を手にとって見てみましたが、すべて完璧な平面性が確保されていることの感心しました。
TAOCの鉄製ボードの上に載せても全くガタや隙間が生じません。
焼き物でこの精度を保つのはなかなか困難なのではないかと思いますが、性能のためには困難を顧みない、というGe3スピリットに、改めて敬服しました。

 

(2)スピーカー(クレルLAT-1000)のスパイクの代わりに使いました。これも礎と交換です。

これは低音に効きました。
聴感上、低域のレンジが伸び、低音の実在感が飛躍的に向上します。
たとえばベートーヴェン以前の古典派のオーケストラ曲ではチェロとコントラバスが同じ音(オクターブ違い)を弾くのが通例ですが、チェロとコントラバスの両方が鳴っているのがより明確に、はっきり分離して聞こえるようになりました。

 

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